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昨年の夏の終わり、スターサンズという映画の配給会社から連絡があった。
『ピラミッド 5000年の嘘』(原題:The Revelation of the Pyramids)の日本語監修をお願いしたい。もしお忙しければ意見や感想だけでも聞かせて頂けないかという内容だった。
丁寧なメールであり、添付されていた映画のパンフレットを見ると、ライナー・シュタデルマン博士やジャン・ルクラン教授など、匆々たるエジプト学者が出演していたため、監修を受けるのは吝かではないが、取り敢えず内容を見させて頂きたいと言う返信を書いた。
すぐにDVDが送られてきた。
期待に反し、その内容はひどかった。「黄金数や円周率」、「マリのドゴン族のシリウス」、「最歳運動」、「光の速度」、「周期的な大変動」、伝統的な疑似科学が鏤められているだけでなく、様々な謎を挙げながら、それらに対してエジプト学者は意図的に無視し、さらに外部の者が遺跡へ調査できないように阻害までしている!という陰謀説が展開されていた。そして、そこでは同僚であるエジプト学者達の意見が歪められ、紹介されていた。
例えば、ルーブル美術館のギュメ・アンドリュー=ラノエ学芸員がサッカラで発見された40000点の石製容器について「(自分が)研究しているのは中身についてであって、作り方については研究していない」と語ると、「エジプト学者は作り方の研究を全くしてない」という紹介をした。ジャン・ルクラン教授がギザの三大ピラミッドが造られた古王国時代は文字資料が少ないため「確固たる記録というものは存在していない」とコメントすると、エジプト学者はなにも実証していないと述べられた。
そして映画の最後はこう締めくくられていた。
「新たな仮説をことごとく否定する人々が、この作品にどんな反応を見えるか、すでに想像がつきます。彼らは恐らく、内容をねじ曲げ、重箱の隅をつつくように批判し、一方的に攻撃してくるでしょう」
暗澹たる思いがした。
確かに、私達、考古学者は「実証」しない。
考古学には実証性はないからだ。学問における実証性は通常「再現性」と関わっている。ニュートリノが光よりも速いという観察結果が出た場合、他の研究機関もそれを実証すべく同じ実験を再現し、結果が同じになるか観察する。しかし発掘はトライアンドエラーができない一発勝負であり、そこから得られたデータを積み重ね「蓋然性」を考える。ピラミッドを宇宙人が作った可能性もゼロではない。だがピラミッドに残された加工痕、周りに堆積した石灰岩の瓦礫やその中の土器片や動物体、ピラミッドの周りの複合建造物、そして彼らが住んだ「ピラミッド・タウン」などから判断すると古代エジプト人が作った可能性のほうが圧倒的に高い。
確かに、エジプトの遺跡は驚嘆すべきものがある。
映画では、石材の切り出しについても神秘性が強調され、エジプト学者はここでも確固たる理由もないのに頑迷に主張する人として描かれている。しかし、実際には巨石建造方法はエジプト学の主流の研究の一つであり、連綿と続く研究が何世紀にもわたってなされている。
例えば、Dieter Arnoldの"Building in Egypt"には、建造計画から、石の切り出し方法、運搬方法、傾斜路、設置方法など、膨大な「現場の考古資料」を引用しながら本が書かれてある。実験考古学も行われている。Denys A Stocksは、映画にでてくる人達と同じようにエジプト学の専門家ではない。しかし、疑似科学的「なんでもあり説」に逃げるのではなく、困難さを乗り越え、古代の方法で石を切り出して見せた。彼の"Experiments in Egyptian Archaeology"には、実際に花崗岩を切り出す方法が載っている。
いまや有名な図書館に行かなくてもJSTORなどで検索すれば無数の論文がヒットする。ギザに関していえば、ボストンのGiza Archive Projectに関係論文や写真が毎年アップされ続けている。それらはすべて無料で誰でも利用できる。しかし、映画ではそういったものは何ひとつ取り上げられていない。
謎は存在する。しかしそれは神秘的な数字や預言としてではない。「リアリティ」こそが最大の謎である。
Stocksが行った花崗岩に穴を開ける実験の時間や労苦を考えると、階段ピラミッド内部で発見されている4万点に及ぶ石製容器の製造にどれだけの労力やコストがかかったのかを想像せずにはいられない。銅や青銅の鑿で削られた石灰岩の量を考えると、採鉱し、精錬し、鋳造された膨大な鑿の量とそれに関わった人員について想像せずにはいられない。硬質な石をプリミティブな道具で作り上げたという「リアリティ」の背後には、無数の驚異が広がっている。
この映画の主旨がどこにあるのかは分からない。 原題のThe Revelation of the Pyramids (「ピラミッドの新事実」)が 、「ピラミッド 5000年の嘘」という キャッチーな言葉になっているのもよく分からない。
映画の最後は、世界中の遺跡が「大変動の警告」を発しているというものだった。しかし、それは2012年に人類が滅亡するというマヤの預言を煽りつつ、映画を売り出そうとする商業的なもののようにしか感じなかった。
当然、日本語監修は丁寧にお断りした。
ピラミッド5000年の嘘
2012/02/02
Do not be proud on account of your knowledge, but discuss with the ignorant as with the wise. The limits of art cannot be delivered; there is no artist whose talent is fulfilled. Good speech are more hidden than greenstone, yet can be found among women at the grindstone.
-Ptahahotep